H17年6月13日(少数民族とゴールデントライアングルを訪ねて)

 私とスーは朝5時に起きて今日の長い一日であろう旅の用意をする。
6:20分にガイドがホテルに私達を迎えに来た。
ホテルを出ると僧侶達が朝の托鉢をしている。
私は今日の旅が無事終わるように少年の僧侶に托鉢をした。
今日はドライバーが腹痛のためガイドが車を運転しガイドもかねるという。ちょっと心配な私とスー。
でも、ガイドは私は毎日車に乗っているから大丈夫という言葉を信じて任すことにした。
←今日のルートです。(走行距離は600Km以上の予定)
心配していた空模様は今のところマイペラン(問題なし)ですが?
 私達はチェンマイを出発しました。
道路は快適で車は時速 100Km近くのスピードで飛ばします。
途中の景色はのどかな田園風景が続きます。
 山岳地帯に入ってきました。
道路は曲がりくねりアップダウンを繰り返します。車のスピードもグッと遅くなります。
 モン族の村に入りました。目の前は奇抜な山がそびえています。

ガイドのリョウさんと車(ホンダ・シビック) 山が近づいて休憩をとる
モン族の村の入り口 モン族の村のメインストリート
モン族の村 民族衣装を着たおばあさん、親子
奇抜な山がそびえている モン族の売店とコーラーのセンで遊ぶ子供達

 私達は少数民族を集めているメホーソンに程近い集落に向けて出発した。
滑り落ちそうな急坂を登るとその集落に着いた。
この集落はタイ政府が少数民族に仕事を与える(この場合は観光)ために作った集落らしい。
ガイドのリョウさんの話ではタイ政府は少数民族にタイ国籍を与える便宜をしていると話していた。
現在はケシの栽培も行われていないとリョウさんは言っていた。
代わりに覚せい剤が国境を越えて入ってきているので警察の取調べはそちらに重点が移っているらしい。

急阪の入り口で竹の杖を売る少女 カレン族系で耳長族(耳たぶに金属の筒)
カレン族の少女と赤ちゃん 少数民族の住宅
カレン族系首長族の少女 お化粧中の首長族のお姉さん
首長族の子供(すでにリングを首にはめていた) 首長族の女性と機織とその子供
首長族の少女(本当に首が長いのでびっくり) でも子供はどこでも同じ(ボールを追いかけ)
野生のバナナ 新築中の家(周囲は竹壁、屋根は草葺き)
少数民族の集落(男は山に仕事に出ていた) 集落の赤ちゃん(かわいいんだよ!)

 私達はメーソン(国境の町)で昼食後、歩いてミャンマーに渡ることにしている。
メーソンの街はミャンマーとの交易で賑わいを見せている。
昼食をしたホテルも豪華で設備も大変良い。
私とスーはタイ側のイミグレーションで出国手続き(意外と簡単)しミャンマーに歩いて渡りほんの一瞬のミャンマーを眺めた。
お土産屋にはコピー用品があふれていた。
ミャンマーの町(タチレイ)はそこだけが活気にあふれているようだった。
そしてまたミャンマー側のイミグレーションも簡単に私達を通してくれた。
国境を行き来しているタイ人もミャンマーの人々も私達より簡単に通過しているようだった。
ただ、車はタイ側を出ると右側交通に変わるため変則交通になっている。
違いは車の交通量がタイと比べて少なく街はすこし静かに感じた。
 私達は一瞬垣間見たに過ぎないのでこの比較はまったく頼りにならないのですが?

タイ側のイミグレーション メーソンの街
左がタイこの川の右がミャンマー(これが国境) ミャンマーのイミグレーション
コピー商品であふれているミャンマーの店 ミャンマーのメインストリート
女性はほほにタナカという化粧
写真では見えなくてごめんなさい
簡単に行き来するミャンマーの人

 私達はゴールデントライアングル(タイ、ミャンマー、ラオスの三角に入り組んだ地点)に向かいます。
国境とは人がかってに地図上に線を引き国を分けたことが良く分かる。
その右側にいる人も左側にいる人も同じ民族なのに、何かの拍子にラオス人になりミャンマー人になりタイ人になる。
国境の線を引く瞬間(ほとんどが紛争でしょう)に右にいた人と左にいた人は同じ家族でも会えなくなったりしている。
ここはそのような場所の一つです(世界にはいたるところでこのような事が起きているのでしょうね)。
今はその国境も比較的簡単に渡れますが自分がどちらの人間か、の証明もできない人もたくさんいるようです。
国境とは?を強く感じる場所ですよ!

タイ側からメコン川対岸はラオス、メコン川の左側はミャンマー
ゴールデントライアングル メコンを中国の貨物船が行き来していた
私達がチャーターしたスピードボート(早い!) ミャンマーの国営カジノ
タイ側を流れる川の色が違う ラオスの特別地帯(ビザ不要)でタイから
観光の僧侶
ラオス売店で売られていたコブラとサソリの酒 ラオスの売店

 スピードボートは小さな船体に大きなエンジンをつけすごいスピードでメコンを行き来する。
大型の貿易船(ほとんどが中国船)が近くを通ると大型船の波で激しく揺れる。
メコンの水がそのたびに激しく浴びる。
必死にボートにしがみつく私とスー
 ラオスには特別地がありビザなしで簡単に入れた。
ただし、いつもは入れるとは限らないとガイドのリョウさんは言っていた。
国境の町はどこでも商魂たくましく私とスーのようにお土産を買わない人間には売り子の攻勢が激しく辛いところだった。

 時間があるのでチェイセーンの街の廃墟の寺院を見に行く。
現在は僧侶も仏像も安置されてはいるがそのたたずまいは手付かずのままだ。
 私とスーは今日の旅行が無事に終わった事を感謝し祈りをささげた。

ワット・チェディー・ルワン(廃墟の塔) お寺院の樹齢不明の菩提樹(祠が置かれていた
僧侶が仏像に祈りをささげ私達も祈る 帰路の途中で温泉(卵や竹の子をゆでていた)

 帰路の途中で温泉を見つけ訪ねる。
ただし入浴する温泉ではなくこの温泉で卵や野菜、竹の子をゆでていた。
私は温泉卵を買って食べる。
 今日の予定は全て終了、私達はチェンマイに向けてひた走る。
途中、激しいスコールに見舞われた。
私とスーは前回の旅行のヒマラヤからの帰りを思い出してガイドのリョウさんにゆっくり走るように伝えた。
私達って雨とは縁があるんだよね!
チェンマイはスコールも収まりいつもの活気があふれていた。
 夕食後ホテルに着いたのは9時近かったと思う。
私とスーには楽しい思い出の一日となるだろう。